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東京高等裁判所 昭和30年(行ナ)41号 判決 1956年4月10日

原告 真鍋武雄

被告 特許庁長官

主文

特許庁が同庁昭和二十九年抗告審判第四九四号事件につき昭和三十年七月二十五日にした審決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として

(一)  原告はその発明に係る、予め砂を遠心分離機にかけて含水分を一定にするように脱水し、然る後水、セメント及び砂利又は砕石等の骨材と予め処理された砂とを混合して調製されたコンクリートの含水度を常に一定に保つことを要旨とする硬練コンクリートの製造方法につき、昭和二十八年三月十二日特許出願をし拒絶理由の通知を受けたので、明細書を訂正したところ、昭和二十九年二月五日拒絶査定を受けたので、同年三月十五日特許庁に対し抗告審判請求をし、同事件は同庁昭和二十九年抗告審判第四九四号事件として審理された上、昭和三十年七月二十五日に右抗告審判請求は成り立たない旨の審決がされ、その審決書謄本は同年八月四日原告に送達された。

右審決の理由の要旨は、コンクリートをつくる場合、水セメント比を一定にする為予め砂中の水分を除去することは試験片の作製の際行われている通り従来周知のことであり、本願のように工事現場において脱水機として普通の遠心分離機を用いて砂中の水分を脱水するようなことは該周知事実から容易になし得るものに過ぎず又コンクリート工事においては、骨材の含水量が混合用水に影響を及ぼすから予め骨材の含水量を明らかにし之に一定の基準を設けておく必要のあることは常識であり、骨材たる砂を可及的一定の乾燥状態で使用する方が良好な結果を得られることは当然予測し得るところであつて、ただ従来工事現場において本願のように特に遠心分離機のような装置を用いて砂の脱水を行わなかつたのは主として工事の簡素化等のためと見るべきであり、かかる脱水(乾燥)操作を行うことは特に発明力を用いるまでもなく、右従来周知の事実から容易になし得る程度のものであつて、その効果も格別予測し難いものとは認められない、と言うのである。

(二)  然しながら審決は次の通りの不当又は違法の点があつて取消さるべきものである。即ち

(イ)  前記拒絶査定(甲第五号証)に於ては審決の説くように遠心分離機使用のことには全然言及されてはないのに、審決に於て擅に右査定が脱水機として普通の遠心分離機を用いて砂中の水分を脱水することが周知事項から容易になし得るものと説いたように補充挿入し、この点に関する拒絶査定の説明を非難した原告の抗告審判における主張(甲第六号証)を全然看過黙殺したのは不当である。

(ロ)  審決のいう骨材たる砂を可及的一定の乾燥状態で使用する方が良好な結果を得られるとの予測は本願発明を見て後に顧みて言い得るところであつて、審決のように何等文献の例証も現場で施行した実例も挙げずに漫然本願方法が周知の事実から容易になし得るものとしたのは事実を妄断したものであつて、不当である。

(ハ)  審決が本願方法における遠心分離機のような装置を用いることを以て工事の簡素化の為のものと見るべきものとしたのは、前記拒絶理由通知(甲第二号証)にも拒絶査定(甲第五号証)にも全然示されなかつた新規の拒絶理由であるから、原告は抗告審判の審理中にその理由を示され意見書提出の機会を与えられなければならないのに、之を与えられなかつたから、審決は特許法第百十三条第一項、第七十二条に違背した違法のものである。

(ニ)  仮に審決の言う試験片の作成の場合のような実験室作業に於て砂を乾燥することが事実であつたとしても之は熱利用の乾燥であつて、この脱水操作に対して遠心分離機を利用する着想が新規なものであることは審決理由も暗に之を認めている。然るに砂の熱乾燥に於ては残留する水分は常に固有含水分に比例するから絶乾の場合の外は含有水分を一定に揃えることは不可能である。実験室作業ならば砂を絶乾した後冷却し、然る後他の資料に混じ型込することも強ち困難ではないが、短時間に大量の砂を取扱う現場作業では絶乾冷却するようなことは到底不可能である。然るに遠心脱水の場合に限り固有含水分の不同に拘らず一定残存水量に脱水するに適し、而も冷却等の爾後処理を要さず直ちに混合に附し得るのであつて、現に選炭、選鉱等の作業に於ては連続式遠心分離機を用いて何等工事の煩雑化を招くことなしに、脱水を行つているのである。本願発明はこの種の遠心分離機を利用することにより何等時間及び工程の浪費を伴うことなく、コンクリートの調合精度を増進し得るのである。然るに審決が本願方法の以上の作用効果を看過し、一筋に熱乾燥の考えに捉われて従来工事現場に於て工事簡素化の為遠心分離機のような装置による砂の脱水を行わなかつたものと断じたのは誤つたものである。

(三)  之を要するに、本願発明は遠心分離機の使用を限り硬練コンクリート調合における砂の予備処理に応用して新規な工業的効果をもたらすものであつて、当然特許法第一条にいわゆる発明に該当するに拘らず、本件特許出願を排斥した審決は失当であるから、その取消を求める為本訴に及んだ。

と述べた。(立証省略)

被告指定代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、答弁として

原告の請求原因事実中(一)の事実を認める。

同(二)の(イ)の主張につき、原拒絶査定の理由と審決の理由とは結局同趣旨であつて、原告の主張は拒絶査定理由中の一部の文句に拘泥したものであつて失当である。

同(二)の(ロ)の主張につき、この部分の審決の説明は当業者の技術常識につき極めてありふれたことを述べたものに過ぎず、原告の主張は失当である。

同(二)の(ハ)の主張につき、審決は拒絶査定の理由を更に敷衍したにすぎず、何等新たな拒絶理由を示したものではないから、原告主張のように特許法第百十三条第一項、第七十二条に違背していない。

その他審決には何等原告主張のような不当又は違法の点がなく、原告の請求は理由がない。

と述べた。(立証省略)

理由

原告の請求原因事実中(一)の事実は被告の認めるところである。よつて本願発明が審決の言うように従来周知の試験片の作成法から容易になし得る程度のものであるか否かにつき審案するに、予め砂を遠心分離機にかけて含水分を一定にするように脱水し、然る後水、セメント及び砂利又は砕石等の骨材を予め処理された砂とを混合して調製されたコンクリートの含水度を常に一定に保つ硬練コンクリートの製造方法なる本件発明の要旨(本件発明の要旨が右の通りであることは当事者間に争がない)と成立に争のない甲第四号証の記載内容とによれば、本願発明はセメントに混合される骨材たる固有含水量の不定な砂を遠心分離機で処理しその残存含水量を常に一定に保持するように脱水し以て含水量の一定した強度の高い良質の硬練コンクリートを迅速多量に製造するに適する方法を提供することを目的としたものと解せられるところ、審決の言うようにコンクリートの試験目的に供する試験片の作成に当つてセメントと混合すべき骨材たる砂を熱乾燥して完全に脱水し冷却後セメントと混ずることが従来周知の事実であることは本件弁論の全趣旨に徴して認め得るところであるが、この場合の脱水は後にセメントに加えるべき水の量に影響を及ぼさないように予め砂の含有している水分を全部除去するのがその目的であつて、本願方法のように固有含水量の不定な砂を遠心分離機で処理し残存含水量を常に一定に保持するように脱水するものではないものと認められる。而して右の均一な含水量を有する砂を簡単に供給することができ硬練コンクリートの迅速多量な製造に適すると言うことが遠心分離機の使用による当然予測される効果であつても、本願方法においては硬練コンクリートの製造に之を応用した点に特徴があるものと言うべく、従来周知の試験片の作成法から容易になし得る程度のものと解することはできない。

然らば審決が右と異る見解に立つて本願方法が特許法にいう発明とならないものとして本件特許出願を排斥したのは不当であつて、その取消を求める本訴請求は正当であるから之を認容すべきものとし、民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 高井常太郎)

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